マニラでＶＩＰ


　マニラでＶＩＰ待遇を受けようとするなら日本人であることを誇示すればいい。それも金払いのいい日本人であるならば最高だ。あるひといわく「金さえ払えばフィリピーナは心までも売ってくれてしまう」と言っていたが、経済評論家の長谷川慶太郎氏の「フィリピンの産業は人資源の産業で成立している」ということで考えるならば、これは売買で成立する資本主義社会のたどり着いた究極の一形態であるかもしれない。ともあれ実際のところは金のおかげで日本人が人の心を読めなくなっているだけのことだろう、とは思う。
　そのマニラへなかなか行く機会がなかった。ヨーロッパや北アフリカ、北米中米南米、そして西アジア、中国と回りながらなぜ、フィリピンに足が向かなかったのか？　ひきつけられるものがなかった、につきる。
　何しろ失われた古いものや、古いことをこの目で見てみたいという欲求で旅を続けてきたのだから。
　ネパールには昔ながらの街道と宿場町が今も生き生きと存在していたし、インカ帝国の首都クスコには古いものなのに今の人類がたどり着いていない文化が残っていてこちらの頭を混乱させ、ガラパゴス諸島に至っては何しろ人類誕生以前の地球の姿を目の当たりに見せてくれた。後はこの地球の滅亡を見たいだけの僕は、行き場を失った。

そして、マニラにたどり着いた

　じつは仕事の関係で長期の休みもとりにくくなり、とうとう近場へ足を向けた、と言うわけであるが。空港はガイドブックにあったとおり人がごった返していた。誰が誰を迎えにきているのか、誰が誰を狙っているのか、誰が何を見物にきているのか？　意味不明の視線にさらされながら「タクシーは必ずぼられる」と、旅なれた自分に言い聞かせ市内往きの一般のバスを探す。　
　あった。「ＴＡＸＩ？」「ＴＡＸＩ？」の声を振り切って多少の緊張と興奮を覚えつつバスにたどり着く。乗り込んだとたんにすぐ満杯となり市内へ向け出発。喧騒の空港を後にしてとりあへずほっとする。確かに混んではいるが日本でも乗り物は大体混んでいるものだ。
　それよりも最初から一般の人とのふれあいのるつぼに入れてむしろ心地良い旅の一歩を楽しんでいる。何度か人の乗り降りがあり、やがてマニラ湾を見渡す大通り「ロハスブルーバード」を走り始めた、と、そのせつなであった。

奴らがやってきた

　サイレンとともに二台の白バイが後方からこのバスに接近してくる。と、思うまもなくそのうちの一台がこのバスの前方へ回りこみ停車を命じた。
　なんだ？　客もざわめく。白バイの警官が降りてこちらへ向かってくる。ドアを開けさせて乗り込んでくるなり英語でしゃべった「このバスに日本人の観光客は乗っているか？」私のことらしい。はい。「おまえか、何かとられたものはないか？」え？「実はさっきこのバスから降りた客からおまえが強盗にあっていると言う通報があった」ええ！「盗られた物がないか調べてみろ」
　なんてこった、いつそんな、調べてみたらやられていた。肩から下げたバッグの後ろに回していたところがカッターで切られ、中に入れてあった成田でさっき買ったばかりの胴巻き型の貴重品入れが抜き取られていた。さらに上着のポケットにも後ろからカッターで切り込みが入れられて、空港でドルから変えたばかりのペソがすべて消えていた。

その場でバスから下ろされた

　事情聴取のためである。バスは人々の気の毒そうな視線を乗せて遠ざかる。
「気が付かなかったのか？」ええ・・・「やつらはおまえを取り囲んで動けなくしてからやったんだ」そうか、だから混んでたんだ「終わってからいっせいに降りたはずだ」だから急に客が減ったんだ「見ていた客の一人も急いで降りて警察へ連絡してくれたというわけだ」そうか「どのくらいとられた？」ああ、そうか、成田で買ったばかりの胴巻きには、その機会がなくてまだ一銭もお金を移していなかったんだ、すると、空港で替えたばかりのペソ、アメリカドルで二十ドル分だ。二十ドルですんだんだ。でも、ペソに関していえば一文無しだ。
「どうする、盗難届を出すか？」うーん、出したらお金は戻ってきますかねぇ「まず戻らないな」だろーなぁ、では届は出しません、けど・・・「けどなんだ？」ペソをすべて盗られたので、このあとバスとか、タクシーを使うことができません・・・「ふむ・・・」二人の白バイ警官が何か相談している。そしてすぐ決着した。「後ろに乗れ、そして俺の胴にしっかりつかまるんだ」
　ええー？いいの？
　かくして私は白バイにまたがり、もう一台の白バイの先導を受けて猛スピードでマニラの町の信号を次々と突破、数分後には予約してあった下町の安ホテルの玄関へと滑り込んだ。白バイのサイレンに驚いて飛び出してきたホテルの従業員や泊り客がさらに驚いたのも無理はない。何しろこんな安ホテルには珍しい白バイ先導でのＶＩＰのご到着である。こんな私をなんと旅の初日からＶＩＰ扱いしてくれたマニラ。失われてしまったと思った本当にすばらしいものが実はここに残っていたのかもしれない。
　マニラのＶＩＰ騒ぎは、私をこの国の大ファンにした。

文責：元祖パルパロ富田