ＴＩＲＡＤＯＲ　（ＳＬＩＮＧＳＨＯＴ）
（ゴム銃＝こそ泥）
　
07年：センターステージ・プロダクションズ／ローリング・ボール・エンターテインメント／イグナイト・メディア
監督：ブリリアンテ・メンドーサ
主演：ココ・マルティン
　　　 ジロ・マニオ
　　　 クリストファー・キング
　　　 ナタン・ロペス
　　　 ジャクリン・ホセ
　　　 フリオ・ディアス
　　　 シモン・イバラ
　オモチャのゴム銃をさす題名は俗語でケチな泥棒の意味という。
　マニラの貧民街に暮らす人間模様を数名の泥棒を軸に描くディジタル作で、スピーディーな展開にくわえ、全編にたるむことない臨場感が張りつめ、スリリングなおもしろさに満ちる。小品ならではの快作に思える。
　まずはソナと呼ばれる冒頭の警察によるスラムの手入れから興味を引きつける。街灯がないので真っ暗な夜の雑然としたボロ屋が並ぶ住宅地区を、警官たちが懐中電灯を照らしながら強制捜査をおこなう。屋根をつたったり、下水道に逃げるものがいる。窓の外へ証拠品を捨てるものや、親父が病気で息子が看病のふりのものがいる。フェラチオ中のホモや、セックス中のカップルや、礼拝中のイスラム教徒がいる。男たちを広場に集めて警察が手配書の写真と照合で、セックスのカップルが三角関係でもめ、警察の静止も聞かずに女同士がこづき合い、パンツ一丁の男にビンタをくらわせる。ちょっとしたハラハラのサスペンスがみなぎる出だし。
　統一選挙のキャンペーン期間に舞台を設定で、拘留をうけた男たちを市会議員候補のタガサ（アルマン・レイエス）が釈放させ、礼をのべる連中に自分への投票を頼む。
　幼い子どもをもつ妻（アレエラ・モンターリラ）が留置場で夫のレックス（クリストファー・キング）をむかえ、このレックスが群像のひとり。
　同時進行で語られる人物はペディーキャブを営むカロイ（ココ・マルティン）をはじめ、セックス中だったカップルのハロッド（ハロルド・モンタノ）とテス（アンジェラ・ルイズ）、病気を装った父親のエルモ（ベンジー・フィロメノ）と息子のオディー（ジロ・マニオ）、不良グループのリーダーのガニ（ニコ・タヴェルナ）に、仲間でオカマのレオ（ナタン・ロペス）など。
　レックスが盗品をバイヤー（ジェッセ・エヴァルドネ）と値段交渉し、エルモがロトを買うと、教会で当選を祈る。エルモの母（ホセフィナ・マグタグノブ）はキアポのマーケットにゴザをしいて海賊版ＤＶＤを売り、横に知恵遅れっぽい子どもがいて、エルモがカネをわたす。ほかの二人と連携プレーで財布をスルも、中身をわけるとき、ごまかしていないとエルモがパンツ一丁に脱ぎ、ほかの二人も脱がせるが、しっかり二人は宝飾品を壁に隠している。カロイの母（ジャクリン・ホセ）がタガサの選挙運動員で、候補者たちがお菓子をばらまいたりに、腕輪のようなものを配って表面的な喜びをもらうや、別の候補者がカネをまくとの声に群集が一気に駆け去る。カロイは商売道具のペディーキャブを借金のかたにとられそうなため、父（シモン・イバラ）に相談するが、義母（カディサ・アガリン）と父に「カネはない」といわれる。大事なペディーキャブを失って引ったくりを繰り返し、ときに被害者（マリーナ・シナジャン）に盗品を投げ返す。ハロッドとテスは中古店でＤＶＤプレーヤーを盗むも、店主にみつかってテスが涙の懇願で謝罪を訴え、ウソ泣きがおさまらないうちに露店のＤＶＤプレーヤーをくすねる。
　とくに強烈なエピソードはガニのグループのかつあげで、学生のエフレム（ジャム・ミラネス）を囲んでショッピング・モールのビンゴ場へ連れこみ、脅しをかけると、エフレムがてんかんのごとき発作を起こす。これがたくみな芝居でガードマンが現われ、ガニたちが逃げるも、レオだけがつかまる。警察に突きだされて冒頭のソナを指揮っていた警官（マーク・ディオニショ）にサディスティックな暴行に近い取り調べをうけ、ほとんど拷問を楽しむ警官に手足がまともに動かないまでにやられる。それでも警官がみのがすワイロに盗品を要求に、わたすカバンをごまかす。
　監督のブリリアンテ・メンドーサはマニラの典型的な貧民街において、闘鶏の練習や路上の博打、選挙のポスター貼りにドブ川で子どもたちが釣りと雰囲気を点描的に盛りこんで写実味をくわえ、キアポ教会で縦長の植物をもって大人数が祈る光景など、どこか環境観察みたいなドキュメンタリー・タッチを与える。ブロック塀にＹＡＫＵＳＡと落書きのあるのがおかしく、レックスがこっそり男どもと覚せい剤をあぶりで吸い、まさに自分が実際に歩いたキアポ周辺の汚い住宅地そのままに本物の迫力がにじむ。ほとんどを手もちカメラの移動で撮り、実際に現場をのぞきこむリアルさが肌で伝わって、視線の先を観客に同化させる。引ったくりの逃走などでカロイやオディーやレックスが全力疾走で雑踏を駆け抜けるショットをはさみ、マニラで懸命に走るものをみることはまずないが、もしいたら泥棒じゃないかと思えるほどの訴えかけを含む。ロケをながめるギャラリーがうつりこんでもエキストラ的にあつかうあたりが虚実皮膜に思える。
　エルモが事故で亡くなるも、息子のオディーが表情を変えず、淡々と別れて暮らす母に連絡をとる。父の葬式の直後にロトを買い、感情をださずに書きこむ。オディーに限らずにエルモやカロイやレックス、警官をあざむくレオなど、みんな犯罪のときは無表情で顔に人間性がなく、まさに罪悪感を抱かない内面がうかがえる。パンツ一丁でレックスが扇風機を修理し、妻が不満をぶつけるのをしかとの日常も感情が希薄ながら、一方でパーッと喜怒哀楽の怒がはじけ、ペディーキャブのとりたての場で義父のジェーゴ（フリオ・ディアス）にキレたカロイがケンカをはじめ、ジェーゴがカロイを殴ろうと石をつかみ、エルモがとめるのを振りきって逃げるカロイにどつきかかるや、カロイの腹違いの弟である自分の息子の頭にぶつかり、大騒ぎで息子を病院へ運ぶ。喜や哀も描かれて、前歯のないテスはＤＶＤプレーヤーを売って入れ歯をつけ、嬉しくて周囲に愛想を振りまく。でも食事のあとに入れ歯を丁寧に磨くも、流し台の配管がボロなため、泥のたまる屋外の排水の溝に落ちて失い、メソメソと泣きまくる。ちょっとかわいいカミン（ジーン・アンドルーズ）は若者たちに人気で、とくにガニとグレグ（アアロン・リヴェラ）がアプローチをかける。ガニがセックスを狙う際にグレグから電話でカミンが愛撫を拒み、嫉妬のガニがカミンのあとをつけると、教会のミサでカミンがグレグと会う。バランガイの広場でバスケットボールのときにもめてケンカになり、ガニに殴られたグレグが刃物をもちだす。
　エルモの葬式でトランプ博打のものたちへジェーゴが腕時計を売ろうとし、ひたいに包帯を貼った息子が横にいる。バランガイ議長（エンリコ・ヴィリア）が葬式を仕切るのがフィリピンの慣習なら、式場に雨が降るあたりがムードをつくる。オカマに多い潔癖症か、シャワーを浴びたレオが仲間のたむろする部屋に殺虫剤をまく。ズボンをはこうとレオがチャックをあげるとチンポがはさまり、はずれないと痛がる、とささいな偶然や状況、言動や行動がオマヌケで逆境がユーモラスな人間喜劇。ブリリアンテ・メンドーサのふくらみに満ちる表現力が冴える。
　九十分弱にキアポ教会のフィエスタや国民行事の選挙を織りこむ構成は脚本のジョエル・ラルストン・ホヴェルの功績で、十字架の山車を担ぎ、まわりの群集が担ぎ手をもちあげる祭りのもようが巧妙な実写とのモンタージュででてくる。カロイがもちあげられ、その興奮の間にも会場の教会前広場の露店でガニがピアスの穴をあけ、カミンがガニの耳にキスのショットをフラッシュで挿入に広がりを感じさせつつ、事故が頻繁な祭りだけに、エルモの亡くなる設定に使う。選挙人登録でカネのやりとりに選挙違反がにおい、ルンピニで開催の政治家と市民の大集会にもニュース映像をモンタージュで、ピン・ラクソン、ノイノイ・アキノ、ティト・ソット、アルフレッド・リム、リト・アチェンサなどの顔がみえ、ローレン・レガスタが演説の席に立つ。ロウソクをともしてかざすイヴェントのフィナーレでレックスが参加者の財布をスル。
　ブリリアンテ・メンドーサは泥棒が悪いとか、環境が彼らをそうさせるとか、これが貧困層の実態ですよとの提示といったモラルやヒューマニズムや社会性のテーマなんてさておき、客観的に現実をとらえましたみたいな距離感も前面に押しださず、ただながめることの娯楽ともいうべき映像の多様な解釈をゆるすパワーに迫る。少しルイス・ブニュエルの『忘れられた人々』を連想したが、ブニュエルのように性悪説で人間の残酷さをえぐるのと違い、印象のほこ先を観客にゆだねる。だからこそ衝撃性を意図におかないし、ありがちな説得度を増す。
　色調とコントラストを薄めにおさえた計算が虚構性を弱め、非日常が普通の生活化のゆがみが招くエンターテインメントと呼びたいほど。
　ブリリアンテの指導だろうが、ココ・マルティン、ジロ・マニオ、クリストファー・キング、ナタン・ロペス、ベンジー・フィロメノの無表情の演技がフィクションをリアリズムに高める。マーク・ディオニショの警官は迫真ゆえに、かえって極端すぎる。
　女優はアンジェラ・ルイズが『Ｓ．Ｅ．Ｌ．Ｄ．Ａ』で、ジーン・アンドルーズが『ＰＨＯＴＯＳＨＯＯＴ』でとともに素っ裸の披露を経験のセクシー・スターになり、アンジェラはソナのときのセックスでオッパイばかりか、ハロッドのチンポが入っていそうな股間に陰毛がのぞくも、別のショットでハロルド・モンタノのお尻にアヌスがみえる寸前にゲロゲロなうえ、顔が暗い影で隠れ、本当にアンジェラかの疑問が残る。入れ歯を探すかがんだポーズではバストの谷間がそそる。まあ、確かに前歯があれば美人かな。ジーンはガニにシャツをまくられてブラがでるどまり。アンジェラもジーンもジーンズの下半身が視線を引きつける。あと、ソナで三角関係の発覚にシャツをテスに破られる女と、レックスを誘惑の隣人役はジェンマ・バリエントスとカティー・アコスタかもしれない。アレエラ・モンターリラは色気の漂う容貌で、きわどいシチュエーションがほしかった。
　ジャクリン・ホセのうまさは、いまやフィリピン映画界のトップと評価できる。

※　この作品は『どん底』の題名で“アジアフォーカス・福岡映画祭2008”にて上映された。