屋台街といえば...
タイ／バンコク ホアランポーン駅前
バンコクのグルメ穴場スポットといえば、ホアランポーン駅前だ。イサーンから出てきた労働者たちのために、イサーン出身者たちが天秤をかついで屋台を出している。これほどお手軽に、地元の本物の味が楽しめるところはないだろう。
夕刻、屋台が出始める頃を見計らって、僕とフェロリン杉浦の二人はいそいそとやって来た。
「どこにする？」
「そりゃやっぱり、おねえちゃんの屋台でしょう」
とキョロキョロしていたら、僕らが客になろうとしていることに気がついたのか、あちこちから誘いの声がかかってくる。
「あそこでいいよ」
と若いおねえちゃんのところで、やっぱり座ってしまった。
屋台といっても天秤をかついで来るのだから、椅子の席はない。ゴザが敷いてあり、その上であぐらをかくわけである。
食あたりが怖くて
美味しいものには出会えない
「ソムタム」
と定番からオーダーする。
「沢蟹は入れる？」
「もちろん入れて」
どうも日本のガイドには、沢蟹を入れると食あたりを起こすからやめた方がよい、と書かれているらしい。腹のことなど気づかっていて、美味しいものが食えるか。生カキだってタイのは最高なのに、怖くて食べない人がいるというから、何ともったいない。
おねえちゃんは慣れた手つきで沢蟹をつぶし、野菜とあえて、ソムタムをつくっていく。
その間、周りの屋台も僕らの一挙一動に注目しているようで、「俺のこれも食べてよ」みたいな合図を送ってくる。
「ああ食べる、食べるよ」
串に刺した焼きとりやら何やら、どんどん僕らは頼んでいく。食への興味って、本当につきないんだなあ。
酒も、ここで『メコン』を飲んでもしょうがない。『ビア・シン』や『クロスター』なんて、なおさらのこと。訳のわからない、一説によるとメチルをつかっているともいわれる密造酒（？）に限る。悪酔いしようが、知ったことか。
ソムタムを食べながら、僕らはおねえちゃんと会話する。タイ語の辞書（ちなみに僕らのようにタイ語が読めない者には小林株式会社の『日タイ・タイ日初級辞典』がオススメである）をめくりながら。
「結婚してるの？」
「僕はしてないけど、コイツはしてるよ」
そんな、独身だったら、どうだっていうのか。ほとんどフィリピンと同じノリだ。
こちらがタイのこと、イサーンのことを聞くと、相手も日本のことを聞いてくる。いつの間にか、あたりを仕切っているボス的な男までが現れて、料理の説明をしてくれたりする。僕らが「アロアロイ（美味しい）」と大げさにいうので、ますますムードがよくなってくる。
と、そのときだ。突然、あたりが殺気だった。みんながサッサッサと片付けを始めた。一応は違法であるから、形なりの取り締まりはある。警察が来たのだろう。
ボス的な男が、
「君らは大丈夫だから、そのまま飲んでなさい」
といい残すと、アッという間に全員が姿をくらませた。一帯はただの広場に。
以前、香港の屋台でも札で支払った直後に「警察だ」との合図がきて、お釣りを受け取らないうちに屋台がくもの子を散らすようにいなくなった経験がある。あのときはすぐに屋台が戻ってきたのに、釣りのことをシラをきるから、ついにもらえなかったゾ！
と、そんなことはどうでもよい。僕らはまだ、料金を支払っていない。
「どうしよう」
「いいよ、このまま飲んでいようよ」
帰ってくるまで、一杯やりながら待つことにした。
駅前でゴザ敷いて
酒飲むやつら
でも、ちょっと冷静になってみた。
「客観的に、状況判断してみよう」
立ち上がって周囲をキョロキョロしてみたら、僕らは駅前広場にゴザを敷いて座り込み、
完全に孤立していることに気がついた。ほとんど東京駅の八重洲中央口の前でゴザを敷い
て、二人で酒を酌み交わしているようなもの。冷たい視線がいくつか返ってこないことも
ない。
「いいじゃないの、笑ってもらおうよ」
インド人かパキスタン人かのグループが通りかかり、「オーイ、何やってるんだあ」というような感じで手を振ってきた。こちらも「どうだ、一緒に一杯やるかあ」と日本語で答えながら、手を振り返す。
と、一旦は駅構内へ入ろうとしたとき、グループの一人が一眼レフのカメラを持って近づいてきた。
「撮ってもいいですか？」
「ああ、いいよ、いいよ、好きに撮ってくれ」
パシパシ数枚を撮影すると、「ありがとう」とインド人かパキスタン人かは去っていった。
「ひょっとして、ジャーナリストかなあ」
「だったら、インドかパキスタンの新聞に、タイでアホな日本人発見っていう記事が、俺たちの写真と一緒に出るぜ」
そうこうするうち、30分ほどして屋台の連中が戻ってきた。何ごともなかったかのように商売を再開する。
帰りがけ、僕らは相場を知らないから、適当に支払った。札を出して、
「他の屋台の分も全部一緒ね。これでいい？」
「……」
札を一枚増やす。
「これでいい？」
「……」
「これでいい？」
おねえちゃんが笑顔に変わった。
「きっとボラれてるんだろうけど、大した金額じゃなし、いいよな。楽しかったんだから」
僕らは屋台の何名もから、「また来いよ」と送られて、ホアランポーン駅前をあとにした。
満足、満足。
でも、あのソムタム、正直いって
「辛かったー！」
