ＳＩＧＮＯＳ
（兆候）
　
07年：ダヴェン・プロダクション／カムラヤウ・ピクチャーズ
監督：アルフレッド・アロイシュス・Ｌ・アドラワン
主演：ルイス・アランディー
　　　 リッキー・ダヴァオ
　　　 イルマ・アドラワン
　　　 ローレン・ノヴェロ
　　　 ナンシー・カスティグリョン
　　　 ＤＭ・セヴィーリア
　　　 チクス・アルカラ
　ホラーということにジャンルづけられるだろうが、作者の気どりばかりが目だって怖さがさっぱり起きないばかりか、退屈感さえもよおすディジタル作品。
　泥まみれで発見された夫の死を知り、ショックで泥の水たまりにつかってうごめく女性の不自然な動きにはじまり、父が危篤とのメールをうけとった主人公のルーイー（ルイス・アランディー）が故郷へ帰ってきてドラマに入る。父のウルディン（リッキー・ダヴァオ）は元気なうえ、後妻のコラ（イルマ・アドラワン）と結婚し、幼い女の子のニニ（エロイサ・ヤップ）をもうけている。その新生活のため、あまりルーイーの帰郷を歓迎していないとの人間ドラマが前半。これに弟のブゴイ（ＤＭ・セヴィーリア）と父の家族とのやりとりや、冒頭のエピソードにあった幼なじみのエルマ（チクス・アルカラ）が全身、泥だらけで変死し、同じく幼なじみで、エルマの夫になっている、かつての親友のネスター（ローレン・ノヴェロ）との三角関係っぽい思い出。泥んこ状態で穴を掘るなど、親族のモーリン（ニコレット・ベル）の奇妙な行動ぶり。さらにはマニラでモダンな住居に暮らし、ルーイーの子を妊娠したとよろこぶ妻のサンドラ（ナンシー・カスティグリョン）の存在がからむ。
　とにかくルーイーが四駆で村へ入れば、なぜか道がぬかるんでいて泥をはねあげ、葬式の列や泥をかぶった人々がよそよそしく、頭から泥べったりのエルマが立っていて、泥を投げつけたかと思えば消えうせる。墓場で自分の姿の幻像がうつり、その横でモコモコと土が漏りあがったのに驚けば、死体のようなものがあらわれ、その土の山をモーリンが掘る。赤い水でコラが十字を書き、泥のついた手のままモーリンが眠る。ルーイーとウルディンが話すのを、モーリンが赤い血に染めたごとき石を投げつけんばかりにながめる。なんて表現が説明もなくでてきて、さほど不気味感を高めるのでなく、どんどん興味をそいでいくのにアルフレッド・アロイシュス・Ｌ・アドラワンの力量不足をうかがう。視覚的な映像センスは確かなものの、語り口のまずさは相当なマイナスと指摘したくなる。ちょっとゾクゾクと緊張したのは、携帯電話の電波を探して要塞ふうの遺跡の高くなった場所へあがり、そこに盛り土がしてあるのが壊れ、下には棺桶っぽい穴を掘っている農夫がいて、上からながめていると、血だらけの女に下の中へ突き落とされる夢をみるや、すぐに同じ場所で同じ携帯電話の会話をする現実のシチュエーションがつづく展開の部分くらい。
　後半にいたっても殺人者がいるとさわぐルーイーの水浴び中に、理由もなく普通の水が赤い泥水にかわっているかと思えば、家の中に泥があふれだし、モーリンが泥漬けになってウルディンが「警察を呼ぼう」とあわてまくり、コラも「呪いをかけられている」「まだ死にたくない」とうろたえる。さすがにあいまいな狙いのまま全体が進むばかりで、なにを描きたいわけとあきれはじめたとき、ネスターがピストルをもちだすシーンがきて、オイオイ、しょせん安易なフィリピン映画の定石たる銃のアクションかよとの失望がもたげる。車からルーイーとブゴイが泥まみれの人々をみたあと、コラが棺桶っぽい穴に落ちて亡くなり、ニニが泥を噴きあげ、洪水のように水が流れてくるや、泥を流して土砂になる。泥まみれの人々がルーイーの車を襲うときの動きは、ほとんどゾンビをマネている。ぬかるみにはまって車輪が空まわりし、ルーイーが困っているとブゴイがあらわれ、抜けだすのを助けてくれるも、そのまま去っていく。ルーイーがとめるが、ダメとわかってひとりで走りだすシーンは感傷的なムードをつくりつつ、ちょっとルーイーが薄情じゃないかとの印象がもたげる。ガソリン・スタンドのある大きな道路まできて、ルーイーの車のラジオが洪水の被害のニュースを告げているのに、なーんだとの苦笑い半分の納得がおきる。ようはルーイーに予知能力があり、故郷の村を大災害がみまい、自分の家族や友人たちが犠牲になるのを自覚がないままに感じとり、知らず知らず目撃にきたとの話。これをアートを意識におく抽象描写半分に構成したため、形ばかりがホラーでも、エンターテインメントのおもしろさを欠いたわけ。
　最初からイメージの集積的な構成に徹する前衛作ならまだしも、中途半端な通俗化に、ただただ落胆。どっちつかずのダメさがでたというべきか。２００６年のヴィサヤの災害から着眼点をえたとのクレジットが入り、こんなインテリの頭でっかちな思いこみ計算作を捧げられる犠牲者たちもどうよ、と悲しくなる。なぜか訳もわからず、車の中に泥のついたカメラが残っていて、誰が撮ったか不明な写真を焼きつけ、家族が写っているのをルーイーがサンドラとながめるラストにして、センティメンタルの押しつけが強引さゆえに、さっぱり内面へ迫ってこない。
　個人的な興味の対象である女優の魅力もイマイチ。コラ役のイルマ・アドラワンは演技派の中年で、ニニ役のエロイサ・ヤップと少女時代のエルマ役のマッキー・デ・ララはお子ちゃまなのでさておき、モーリン役のニコレット・ベルは好みのタイプをはずれる。注目はナンシー・カスティグリョンとチクス・アルカラになり、ナンシーはセミ・ヌードのグラビアで、チクスは『ＰＩＮＯＹ　ＢＩＧ　ＢＲＯＴＨＥＲ』におけるビキニでそそるボディー・ラインを披露しているうえ、チクスはオマンコまで丸みえのキャプチャー写真の流出スキャンダルが話題を呼んだので、もしやの期待を抱くも、ナンシーは朝の起床シーンでセクシーなランジェリーを着るとかあるのに、厚めのパジャマだし、チクスは泥に全身がベトベトにつかっても、衣装のせいか、身体の線を浮かばせないまま。作品の評価にまったく無関係な、勝手にエッチな妄想をめぐらせた、こちらが悪いのだが…
　失望の大きい内容だった。