“ＭＵＬＩＮＧ　ＵＭＡＷＩＴ　ＡＮＧ　ＰＵＳＯ”
（心がもう一度、歌い始める）
　
95年：ＶＩＶＡフィルムズ
監督：ジョエル・ラマンガン
主演：ノラ・オーノール
　　　 ドンナ・クルース
　　　 イアン・デ・レオン
　　　 リッキー・ダヴァオ
　　　 アルベルト・マルティネス
　　　 リタ・アヴィラ
　　　 マイケル・デ・メサ
　　　 ズセット・ラニーリオ
　　　 ジェニファー・セヴィーリア
　　　 マンディー・オチョア
　　　 ルス・ヴァルデス
　　　 ルシタ・ソリアノ
　　　 トニー・マベサ
　　　 ローランド・ティニオ
　　　 ジム・ペバンコ
　　　 ルーイー・レイエス
　芸能界へのあこがれと内幕を描きながら、政界の犯罪にもふれる意欲作。リッキー・リーの脚本をえて、ジョエル・Ｃ・ラマンガンらしい社会的展開といえる。
　ノラ・オーノールが本人を彷彿とさせる人気歌手兼女優として登場。アウグスト・ヴィクタ演じる中国系の資本家がパーティーで絶賛し、その生ける伝説的すごさをマイケル・デ・メサ演じるフロア・ディレクターがナレーションで述べる。リッキー・ダヴァオ演じる政治家志望のフィアンセをもつノラだが、コンサート会場の楽屋でリタ・アヴィラ演じる芸能人を目指すアウグストの娘と浮気しているのに直面で、動転から満員の客席を突っきろうと試みる。そのとき興奮したファンの間で銃声が響いたため、群集に押されてズセット・ラニーリオ演じる臨月の妹が出血し、病院へ運ばれるや、男の子を産んで亡くなる。それ以来、ノラが酒におぼれ始め、ステージをすっぽかす。非難を浴びてノラが引退を決めるまでの導入が快調なテンポで語られる。
　二十年ほどの歳月が流れ、アルベルト・マルティネス演じる新聞記者の愛人と平和に暮らすノラのもとへ、イアン・デ・レオン演じる成長した甥がドンナ・クルース演じるガール・フレンドを連れてきてドラマが再スタートする。ドンナが歌手を夢みていると知り、そのために自分へ近づいたのかとノラが嫌う。でも歌声を聞く機会があると、ルシタ・ソリアノ演じるノラのつき人がつい拍手をおくり、なるほど才能を秘めるのがわかって、ノラが栄光の日々を思いだす。そして復活をドンナに賭ける気持ちを抑えきれず、マイケルや、ローランド・ティニオ演じるマネージャーなどかつてのスタッフを集め、ドンナに厳しくプロの基礎教育をほどこす。イアンとの仲にも注文をつけ、いつも会わせないために若い二人の不満を誘う。そんなノラをマスコミが「ステージ・ママになった」と皮肉る。イアンはジャーナリストを目標に、アルベルトを頼る。
　これでドンナが成功で、めでたし、めでたしなら、よくあるサクセス・ストーリー。議員に当選のリッキーがダンサーでトップに立ったリタと結ばれ、トニー・マベサ演じる上院議員を巻きこんで映画界支援の運動を起こし、カネもうけ目的の芸能プロをつくる。しかもリタが「スターにしてあげる」とドンナに甘い言葉をささやき、イアンとの仲をジャマされてノラをうらむドンナの心が揺れる。リッキーとトニーがアルベルトの買収に乗りだし、きっぱり断わられたので、トニーが軍人をつかってアルベルトを殺害におよび、主題の視点が一気に変わる。ジェニファー・セヴィーリア演じるリッキーに利用された女優がノラに会ってリッキーとトニーの共謀をバラすうえ、、ドンナを狙っていると教える。ジェニファーの死体があがり、ジム・ペバンコ演じる障害者になった昔のスタッフをノラが訪ね、ズセットが倒れた問題のコンサート会場で、リッキーのさしがねに頼まれて銃声にみたて、爆竹を鳴らした告白をうける。イアンとノラ、ドンナとノラが和解のあと、ドンナが歌を披露するリッキーの選挙パーティーへノラが乗りこみ、芸能界をむしばむリッキーの正体をあばく。ドンナがノラ側についたため、うろたえたリッキーが部下に発砲を命じ、ノラを守ろうとしたマイケルに当たる。
　筋を政治家による芸能人の私物化へ運ぶのが、シンプルな図式で終わらないジョエルの作品っぽい。実際、政治家と女優のゴシップがタブロイド紙をにぎわすフィリピンの事情を考えると、あながちフィクションばかりじゃないのだろう。でもノラとドンナがデュエットを繰り広げる授賞式のシーンや、アルベルトとマイケルの墓をまいるラストで映画を賛美するマイケルのナレーションがおかれ、悪趣味な暴露ものとは違って、大衆に夢を与えることの意味をうかがわせるあたりが好印象。白塗りの女たちにおびえたり、ズセットが目から血を流したりといったノラの悪夢がイメージに乏しいなど、イマイチな面も多いながら、さすがとの評価が盛りあがる。ジムが問題のコンサートの前にチラりと耳打ちのショットをはさむ伏線や、ルス・ヴァルデス演じるドンナの母がノラのコンサートで最前列にいるのを二回みせるのはくどいが、細かい構成にも配慮を感じさせる。ちょうどデモを仕きるマイケルのもとへノラが現れると、警察隊に殴られていたマイケルが抜けてくるのが不自然なら、ノラとしゃべったあとに戻っていくリアリティーの欠如に説得力を弱めるも、どこかクーデターすら茶番劇のフィリピン体質と思えなくもない。
　やはり興味の中心は芸能界の内部描写になり、ノラとドンナがそれぞれ出演する二度の映画撮影のところで、ノラのときにクロイド・ロビンソン演じる監督が演技をベタぼめしていていかにも。ルーイー・レイエス演じるコーチにドンナがヴォイス・トレーニングをうけるようすが、本職のテクニックを示す。マスコミがドンナに「恋人はいますか」と質問し、ドンナが「いません」と答えるのが、どこの国でも同じなら、それをながめて落ちこむイアンにドンナが話しかけるのに取材陣が追ってこない甘さは、はたしてどんなものか。ジェニファーが撮影の前にマイケルへ「ハダカになるの」とたずね、「カラオケで拾ってもらったウタン・ナ・ロオブがあるし…」なんて承諾のしかたがＢ級女優の本音をにおわせる。またアルベルトが輪転機で刷ったガリ版を校正するタブロイド紙の編集現場も、そうなのかと納得を呼ぶ。
　キャストの魅力では、ノラの貫禄や、ドンナの新鮮さが全体を支えていて、新旧両名の顔合わせに企画意図が明らかながら、個人的には二人ともファンじゃない。リタはまずまずだけに、レオタードのダンスがほんの少しのみで残念。美人だとジェニファーに尽き、シャブ中毒に陥った白いメークでも、くっきりの目鼻立ちがわかる。セックスの相手としてトニーの部屋へジェニファーに連れてこられる新人女優を演じるビトゥイン・ラダは、そこそこキュートだった。