ＰＥＱＵＥ　ＧＡＬＬＡＧＡ’Ｓ　ＡＮＧ　ＫＡＢＩＴ　ＮＩ　ＭＲＳ．　ＭＯＮＴＥＲＯ
（ペケ・ガリアーガ作品　モンテロ夫人の関係）
　
99年：ＶＩＶＡフィルムズ
監督：ペケ・ガリアーガ、ロール・レイエス
主演：パトリシア・ハヴィエール
　　　 エドゥ・マンザノ
　　　 サンシャイン・クルース
　　　 ガルド・ヴェルソサ
　　　 ジュネル・ヘルナンド
　　　 テレサ・ロイサガ
　　　 マリッサ・デルガド
　　　 ズバス・ヘレロ
　　　 ジョン・ラプス
　　　 ゾルタン・アモーレ
　Ｄ．Ｈ．ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』を読んだのは高校三年のとき。チャタレイ裁判で有罪に問われた伊藤整の訳によるもので、いわゆる問題の部分を割愛した版だが、“わいせつ”という言葉の響きに引かれた。そのあとロレンスのほかの小説にはじまり、ジョン・クレランドの『ファーニィ・ヒル』やギョーム・アポリネールの『若きドン・ジュアンの冒険』『一万一千本の鞭』に目をとおし、澁澤龍彦の訳によるマルキ・ド・サドなど文庫本で手に入るものは次々と読みあさり、受験勉強も放りだしてエロスの世界に浸っているから大学を落ちるんだなあ、とあとになって思うも、ここでは関係のない話。
　映画における『チャタレイ夫人の恋人』は、マルク・アレグレ、ジュスト・ジャカン、ケン・ラッセルが監督した三本を思いだす。このうちジュスト・ジャカンのものしかみていなくて、ロレンスの『恋する女たち』や『レインボー』（虹）を映画化したケン・ラッセル版を落としているのは不勉強のいたりだが、身分制度が大きな位置を占める時代にあってロレンスがタブーに挑んだ人間の価値観への問いかけの意義を映画という媒体をとおして現代に求めるのは難しいかもしれない。それで映画はどの作品も一般的に不評で、少なくともジャカン版は自分でも買わない。
　ここではペケ・ガリアーガが翻案に挑戦しているから、とにかく期待の作品ではあるだろう。
　何といっても大地主制度がまだ残っているうえに、マニラと田舎のライフ・スタイルが天と地ほどに格差のあるフィリピンだから、ロレンスの当時のイングランド的な社会構図を求めることが可能だな、とは発想できる。映画は最初と最後に高層ビルが林立し、ヴィデオ・カメラで撮影したり、パソコンで仕事する人が登場し、ガラス貼りのファッショナブルな建物の吹きぬけテラスに設置されたテレヴィ・モニターからニュースが流れるという最新のマニラ中心部の都会的な風景を挿入するから、ほとんど同じ国とは思えない田舎の生活ぶりとの違いが感じとれるわけである。山羊の群れが走り、荷車が押され、ひしゃくですくって水浴びし、山羊や鶏を刀で屠殺したあとに血のついたＴシャツで歩く人たちのいる光景の中で、コロニアル様式の大きな屋敷に何名も召使をかかえるご領主さまが都会から帰ってくる図式が現実に存在するのを示すにおよび、確かに現代にロレンスの世界を描くのは、もはやイングランドではなくここだな、との納得がいく。
　素朴な結婚式のさり気ない挿入も含め、鮮やかな映像美でとらえたフィリピンの田園地帯の描写はみごとであり、さすがペケ・ガリアーガはドラマの舞台となる背景づくりに卓越した技量をもっているといえる。
　でも人間にどこまで迫れるかが主眼なのは指摘するまでもなく、この部分にもめくめくような映像美の世界を重視したために、ずいぶんと軽い、絵空ごとのような内容になってしまったのは計算違いなのか、確信犯なのか判断しかねる展開。パトリシア・ハヴィエールはデビュー作にあたるのだが、まずアラブ風の衣装でゾルタン・アモーレ演じるコール・ボーイとセックスし、それをエドゥ・マンザノ演じる下半身不随で車椅子生活の夫がヴィデオに撮らせている冒頭はなかなかの表現力といえる。パトリシア演じる妻が主人公であり、大胆に切れ目の入ったシャツからのぞく胸元や、露出したヘソのあたりを愛撫されるカットがムズムズ・ゾクゾクで、セクシー・スターの誕生を予感させるに十分なもの。エドゥが「楽しんだか」とヒステリックに質問するあたりから、自分の子孫を絶やさないために男を与えている面よりも、変態っぽい匂いが強くなって、早くもちょっと違うぞと首をかしげる。
　サンシャイン・クルース演じるマッサージ治療師が田舎の屋敷へと同行し、エドゥがサンシャインのブラをはずしてオッパイを丸だしにしたり、パンツの上からオマンコに指を突っこみ、パンツを脱がせてパンティー一枚にするあたりになると、さらに違和感が増大し、下半身不随の設定は何なのかとの疑問が起きてくる。だと妻であるパトリシアを愛撫しないことに説明がつかず、かなりヘンだぞと不可解な印象に。サンシャインのオッパイのアップまであるのは、ウハウハの大歓迎だが…
　パトリシアのほうはといえば、テレサ・ロイサガ演じる姉との会話から性生活への不満を語る伏線を敷き、くり返しでてくる海で抱かれるイメージにロマンティックなセックスへの期待をうかがわせるも、性の解放をとおして自分のアイデンティティーを認識し、精神的に自立していく女性には描かれていない。いわゆる『チャタレイ夫人の恋人』のハイライトともいえる若くて健康的な使用人の全裸による水浴びを目撃のシーンが意外とあっさりしていて、どこに引かれたのかあいまいで、肉体から精神へという流れを想定しづらくなってしまったのが原因かもしれない。ガルド・ヴェルソサ演じる使用人とのセックスは、ガルドに脱がされてパトシリアが白い下着姿になり、ブラもとられてオッパイがこぼれでるのを俯瞰でとらえたものにはじまり、月光の下で全裸になって抱き合う屋外のパターンではパトリシアが騎乗位でもだえ、オッパイのアップをはさむうえ、ジュネル・ヘルナンド演じる別の使用人がのぞくときと、サンシャインのセックス・シーンがダブるときの二回もある真上から撮ったオッパイのカットや、乳首の大写しまで、いずれもビンビンの大興奮なのだが…
　ジュネルにサンシャインが口止めをし、パトリシアにはジュネルがバイクを買ってほしいとねだる展開になって、これじゃあ浮気がバレるかどうかからくるゆすりのサスペンス劇と変わらないじゃないか、とあきれが走る。おまけに逆上したエドゥが誤ってジュネルを射殺するにおよんで、どうして血生臭い要素をもちこむわけ、とシラけすらわきあがってくる。
　結局パトリシアは妊娠せず、ガルドとは一つの思い出となって別れるから、ロレンスもハーレクインにされてしまったなあ、と苦笑いが起きるのみ。
　ようは文芸作品じゃないし、自由な翻案だから原作に忠実である必要はなく、単純にストーリーの一部を借りただけと解釈すればいいんだろうけど、しょせんうわべだけで人間の本質を、そんなもの必要ないといわんばかりに眼中に置かないのは残念でならない。確信犯的にソフト・ポルノティックな内容にできればいいなと狙ったとすれば、当初からその方向でみたわけで、だとパトリシアとサンシャインのオッパイが大胆に誘惑してくるから、あまり文句はないのだが…
　ペケという映画監督がテクニックにおぼれているとしか思えない。
　まったく、どこかすっきりしない、なんで、なんで、なんで、どうして、どうして、どうして、とモヤモヤ、イライラを引きずる映画だ。
　古本屋で買ってきた伊藤礼の補訳による『チャタレイ夫人の恋人』の文庫本の完訳版が本棚に放ってあるので、とにかくこれを機に読んでみようという気にはさせてくれた。