ＨＵＢＯＧ
（弧）
　
01年：グッド・ハーヴェスト・プロダクションズ
監督：ジョエル・Ｃ・ラマンガン
主演：アスンタ・デ・ロッシ
　　　 アレッサンドラ・デ・ロッシ
　　　 ジェー・マナロ
　　 　ウェンデル・ラモス
　　 　ジョアンヌ・キンタス
　　 　ヨー・オカンポ
　かつて新藤兼人の『母』という作品をみたとき、どうしてこうも主人公に不幸をふりかけないといけないのか、と作劇へ疑問を感じたことがある。作者としてズルいんじゃないかとも。ちょっとよくなったかと思うと、また新たな問題が巻き起こる点では同じ構成だが、弱者の痛みをひしひしと伝えてくる意味で、この作品は『母』よりもはるかに成功といえる。
　アスンタ・デ・ロッシとアレッサンドラ・デ・ロッシという実際の人気スターの姉妹が主人公を演じ、妹のアレッサンドラは少し知恵遅れに設定される。ジャッキー・カスティリエホ演じる母が亡くなるところから始まり、雨の中で葬式シーンのわびしさの表現がうまい。アスンタにはウェンデル・ラモス演じる恋人がいるも、これが不真面目なタクシー・ドライヴァーで、アスンタの職場のデパートへやってきて、試着室でセックスを強要。あげくは客から強盗未遂でつかまり、刑務所送りに。
　ジェー・マナロ演じる組合の役員が近所にいて、こちらは最初、イイ奴として登場。嵐で家の屋根が吹き飛ばされ、アスンタたちはジェーの家にやっかいなる。さっそく水浴びをすべくバス・タオルを巻いたアスンタをみて「しめしめ」みたいな表情をつくるカットから、ジェーも下心があっての親切とわかる。
　アスンタは職場をクビになり、ジェーから無理やりセックスを迫られるも、洗濯女の仕事を紹介で、受け入れを決心。
　そこへウェンデルが帰ってきてアスンタは密会を始め、ジェーとのしつこいセックスを繰り返しながらの三角関係へ。
　一方のアレッサンドラはハンバーガーが大好きで、近所の悪徳青年どもがその事実を知ると、ハンバーガーで釣って何もわからないアレッサンドラにいたずら。一緒に水浴びしたときにアレッサンドラのオマンコの異常に気がついたアスンタは、バランガイの長や警察にこれは犯罪だと訴えても相手にされない。
　映画はアスンタなど姉妹のストーリーと同時進行でエストラダが当選したときの大統領選挙戦が行われるニュースの挿入によって、テロ、デモなどの様子が姉妹のシチュエーションや心理にかぶさるごとく構成され、ちょっと計算過多が気になるほどにうまい。
　大統領選のエストラダ陣営の役員になったジェーは権力欲をむきだしにさらし、気に入らない相手に殺人も平気な人物とわかってアスンタがアレッサンドラを連れてウェンデルと一緒に逃げようとするが、銃撃戦をまじえた追跡のすえにギリギリでつかまり、ウェンデルはジェーに射殺される。さらにアスンタに暴行を加え、アレッサンドラを犯そうとしたとき、ついにキレてアスンタが包丁でジェーを刺すあたりは、ＴＶが映しだす警官隊による暴動鎮圧のニュースと、つかまった反対派の一人が自爆の過程とがグリフィスばりのカット・バックで描かれ、かえってうますぎる演出が鼻につくほど。
　スラムの雰囲気描写も実にリアルで、さすがはジョエル・Ｃ・ラマンガン。
　とにかくアスンタが偶然にあった包丁を手にするにいたるジェーと格闘のクライマックスは、誰だって納得するだけの説得力に満ち、そこまでの持っていきかたが迫力さえ生んでいる。
　ものすごい愛憎劇といえる。
　思いだせばあの大統領選のときはちょうどフィリピンにいて、エストラダ陣営が彼の愛称であるエラプとイメージ・カラーであるオレンジで書いたステッカーなどを配り、自分もステッカーやオレンジの腕輪などをもらい、今も保管している。知人は反エストラダだったようで、孫がもらったステッカーをウチのジプニーにペタペタと貼ったとき、とくに怒るでもなく、淡々とはがしていた光景が記憶に浮かぶ。ほとんど印象としては選挙というよりも祭りだったが、バカバカしくも騒がしい選挙選の陰でこんな個人の悲劇があっただろうことは想像に難くない。
　映画はラストでアスンタとアレッサンドラ演じる人物がその後どうなったかとともに、エストラダの不正発覚の退陣でアロヨが大統領に就任をタイトルに入れ、どこか皮肉かなとも感じる。いずれにしても政治というのは権力闘争であって、庶民のことなど考えていないわけで、だと無力な庶民はどうすればいいのか。
　まさに弱者の叫びとでも呼ぶべきものがズシッとつき刺さってくる鋭さを向ける、やるせない物語である。何も抵抗のすべをもたない女性の痛みを表現したという意味では、ジョエル監督だと『ＳＩＤＨＩ』を上まわる。
　ひょっとすると90年代末のフィリピンは『母』がつくられた60年代の日本と下層の人たちの置かれている状況に似た要素があるかもしれないが、キリスト教社会のもっとも悪い点にあたる他者に救いを求めるのではなく、自らが生きるヴァイタリティーをもってほしい。しばらく重い余韻に浸りながら、そんな気持ちにさせられる。
　ところで人間の欲望の根源に性がある以上、セックスも欠かせない要素なのは当然で、映画はアスンタというセクシー・スターを起用の点から、しっかりとそのあたりを描きだしている。しかも役者陣がみんなうまいのが、大きな魅力の一つ。アスンタはジェーとの初セックスや、無理やり強要のセックスでハダカにされ、オッパイが丸だしに。ウェンデルとのセックスでは赤い画面がアートっぽくて露出がイマイチだが、それでも十分に興奮をくれる。とくにすごいのはアレッサンドラのオマンコの異常に気がつく水あびのシーンで、豊満な乳房が目の前にポロンと広がっていて、あまりの大胆さに圧倒されるほど。うしろ向きのアレッサンドラもハダカだが、前から撮ったときにうまく乳房がみえなくなっているのは、まだ半分子どもだし、当然だろう。アスンタの激しさと静かさをまじえた感情表現と、アレッサンドラの知恵遅れぶりの演技には、ただただ舌を巻く。
　ジェーとウェンデルという、男のセクシー・スターとの評価を得る二人も熱演。ジェーの妻役で意味深に登場のジョアンヌ・キンタスはゲスト出演のせいか、バス・タオルを巻いて歩くカットがあるものの、ほとんど見せ場を欠く程度で残念だった。