ＡＺＵＣＥＮＡ
（花の名前／犬肉の売人）
　
00年：レイナ・フィルムズ
監督：カルロス・シギオン・レイナ
主演：グライデル・メルカド
　　　 アレッサンドラ・デ・ロッシ
　　　 リッキー・ダヴァオ
　　　 ダンテ・リヴェロ
　　　 アンジャネット・アバヤリ
　カルロス・シギオン・レイナの確かな演出によって愛情の薄い家庭で育つ少女の心理を鮮やかに語り、人間のふれ合いとはどういうことかを問いかけるみごとな作品ながら、風俗的な興味のほうに好奇心が刺激される。
　アレッサンドラ・デ・ロッシ演じるハイ・スクールの女学生が主人公で、老犬をかわいがっている設定。ダンテ・リヴェロ演じる犬肉屋へリッキー・ダヴァオ演じる父が愛犬を売ったため、猛然と取り返しに行く。このアレッサンドラとダンテの間に、血のつながりがないものの、親子のような情感が育っていくというストーリー。
　リッキーが元警官で、ロミー・ロムロなどが演じる現職たちと今も親友同士。警察を解雇されたことを悔やみ、事務の職場ではトニー・マベサ演じる上司からガミガミいわれ、不満を家庭内暴力にぶつけるしょうもないヤツ。グライデル・メルカド演じる妻を絶えずボコボコにし、そのあとに泣いて謝る繰り返しがいかにも。グライデルが妊娠したにもかかわらず、アレッサンドロへ会いにきたダンテを家に入れたと殴り、グライデルを流産させてしまう。
　リッキーとダンテが取っ組み合いの死闘となるクライマックスでリッキーが「ピストルを持ってこい」とグライデルに叫び、グライデルがリッキーを撃つのはちょっと予想がつきすぎて、衝撃性を欠くのは事実。でもカルロスはリッキーがグライデルと強引にバックでセックスするのを犬の交尾のように描いたり、リッキーの死体を切り裂いて人肉アドボを調理し、グライデルが犬に食べさせるなど、皮肉の盛りこみが巧みで、その表現力に感嘆することしきり。
　アレッサンドラの暴行沙汰でグライデルがシェリー・ララ演じる学校の風紀教官に呼ばれたとき、ミニー・アギラー演じる被害者の生徒の母が同じく妊娠していて、妙に意気投合。軽薄に挨拶し合うなど、知性の乏しい女性像を驚くほどの説得力を伴う演技でみせる。グライデル、みごと、と拍手を送りたい。
　ちなみにカルロ・カンヌ演じる同級生が犬肉売りとの交流をバカにしてアレッサンドラを辱めたのが暴行の原因で、いさかいの過程をいっさい調べず、頭からアレッサンドラが悪いと決めてかかってシェリーが謝罪を強要するから、教師の低脳ぶりは日比共通のようだ。自分の生徒時代をふり返っても、ホント日本には中学など、まともな教師がいなかったもの。なんでコイツらはアホなんだと子ども心にあきれたし、その後ずっと恨みにも感じていたが、三十年ほど経ってみれば、むしろ感謝している。アイツらがアホだったからこそ、現在の自分がある。アイツらがまともな人物だったら、ひょっとして違った人生になっていたかもしれない…
　なんて話はさておき、義理の母であるグライデルへの無関心さや、亡くなった実の母への激しい惜別の思い、初潮を迎えたときの無感動なとまどい、カルロが卒代をつとめる卒業式での起立もしないあきれなど、理解のない環境での生活をよぎなくされた不幸を抑えた演技で伝え、カルロスの指導もあるのだろうが、アレッサンドラも若いながらに実力を示す。ヴェテランのリッキーとダンテを含め、とにかく芝居が充実した作品だといえる。
　マンドリン、ハーモニカ、犬のウンコ、アレッサンドラがダンテに贈ったシャツ、母の墓、ピストル、トライシクル、ジプニーなど小道具の活用方法にも注目で、水準をはるかに上まわるできだと評価したい。
　それで風俗的な要素だが、アレッサンドラが老犬へ向ける愛情は、殺伐とした家庭がもたらす寒々しさの暗示になっていて、まずペットへの偏愛が欧米諸国や日本と異なるとうかがわせる。人間からの愛が欠乏するからこそ、動物へ愛が向けられるといった考えかたが物質的にめぐまれた国との差であるようだ。欧米社会など、人間よりも動物のほうが大切だとふるまっているものがわんさかいる。ダンテが犬肉アドボを調理し、イッダ・ヤネザがオーナーを演じるカインデリャとデニス・マラシガン演じるクラブのマネージャーへ卸しているも、犬肉禁止になって失業。表向きフィリピンでも、だんだんと犬肉脱皮をかかげる流れが受け取れる。クラブというのがＰ・プルゴスのＪＯＯＬＳで、ダンテに同行したアレッサンドラに対してデニスが甘い言葉でダンサーにスカウトしようとし、ダンテとケンカになるのだが、未成年でも売春を許す土壌らしい。クリスマスに子どもたちが聖歌を玄関先で歌いながらおカネを集めるのは、比較的よく知られた慣習。ダンテの家の前では子どもたちが怖がり、すぐに逃げるように立ち去るから、犬肉屋への偏見が浮き彫りになる。アレッサンドラがマンドリンのクラブへ入っているのは、音楽教育のいったんを教えてくれるよう。リッキーがアレッサンドラに性的な欲望を抱き、近親相姦的な異常さがもたらすセクハラ問題の存在をほのめかす。
　文化人類学的とは大げさだが、民族や国民性を探るうえで、けっこうヒントを提供している内容だと感じる。
　ダンテがジプニー・ビジネスを始めるのは貧民が開業する際における一つのパターンながら、現地の友人のためにジプニーを買った経験者にすれば、路線営業の許可申請が大変だったから、実はここに描かれるほど簡単じゃないよ、といいたくなるなど安易な面もあるが…
　いろいろと触発される。
　本題から離れて個人的に嬉しいのは、グライデルのセクシーさプラスの部分。リッキーをマッサージする際の赤いスリップが色っぽく、セックスになってスリップを脱ぎ捨てると、オッパイがプラプラ。リッキーのヴァイオレンスを受けるときは白い下着で、食いこむパンティーに浮かぶヒップラインや、腰のくびれが挑発的。パンティーを強引にはぎとられてセックスへと進み、生つばゴクリの迫力。
　アレッサンドラもまだ思春期の少女ながら、ゾクゾクそそるきわどさを含む。母の夢をみる幻想的な場面で、母の乗る小舟を追って川へ飛びこみ、白いシャツから乳首がスケそう。初潮がきて浴室でグライデルが水をかけ、血を洗い流すのだが、ワンピース下着のアレッサンドラは全身が濡れて半スケ状態。リッキーがベッドでいたずらにおよぶと、アレッサンドラのブラウスにある胸のボタンをはずしていくから、もーう、ドキドキを抑えきれない。
　また、ＪＯＯＬＳの店内で、おそらく本物だろうダンサーたちがショーの練習をしていて、光沢ホット・パンツの衣装が視線を奪う。
　なお、グライデルの母役としてアンジャネット・アバヤリがゲスト出演し、大ファンだけに、もっとみたかったところ。グライデルの友人役でジジ・ロクシンとオルガ・ナティヴィダッド、犬の捕まえ屋役でベルナルド・パランカも顔をみせている。